循環小数もおもしろい


1. 有理数と無理数

 実数は有理数と無理数の 2 つに分類されます. 有理数とは (整数)/(整数) の形の分数で表せる数, 無理数はそれ以外です. 皆さんは, 有理数と無理数, どちらに興味を持つでしょうか. これは数学的に厳密な話ではないので, 単純に「どっちが好き?」ということで結構ですが.

 昔, カール・セーガン『コンタクト』という本 (新潮文庫に入っています) があり, 初めの方に, 主人公の少女が円周率 π を習ったとき,「小数点以下は同じパターンをくり返さずに, どこまでも果てしなく続く」ことに大変な感動を覚える, という場面があります. 円周率 π は, 円周と直径の比, という初等的な意味があるため, 無理数 (特に超越数) のなかでもちょっと特別, という面があり, また逆にそのような数が超越数という難しい数であることが不思議, と言うべきかも知れませんが, この数に関しては昔から多くのことが書かれ, また「近似値を何桁覚えられるか」を競う人たちも大勢いるようです.

 一方, 小さい頃の私は, 有理数を小数にすると同じパターンが繰り返し出てくること (このこと自体の説明は実は簡単, 後述), いろんな分数を小数で表してみて, 数によって実にさまざまなパターンが表れることをとても不思議に思っていました.

2. 循環小数

 上述の通り, 有理数を小数で表すと (初めの数桁は除いて) ある一定のパターンの繰り返しとなります. 例えば 1/7 を小数で表すと

0.142857142857142857142857142857 ...

となって, 142857 というパターンが永遠に続きます. このような, 循環する無限小数を表すには普通次のような記法を使います:


循環小数の記法

循環する最小パターンの両端の数字 (この場合右辺の 1 と 7) の真上に点を打ちます. そしてこの循環する最小パターン (この例では 142857) を循環節と呼びます.

 小数に直すと循環小数になってしまう有理数には, それ以上おもしろいことはないのでしょうか. 確かに, 有理数が循環小数になる理由を理解することはそれほど難しくありません. 実際に手計算で割り算をする過程を思い出してみると, 各段階で出てきた余りを10倍して再び割り算を行なう, という操作の繰り返しなので, あるところで以前出てきたのと同じ余りが出てくれば, それ以後の計算は全く同じとなり, 同じパターンの数の列が, 割り算の結果に繰り返し現れることになります. ところで, 余りというのは, 0 以上で, 割る数より小さな整数なので, 何回か割っているうちに, 同じ余りはいつか必ず出てきます. したがって有理数は必ず有限な長さの循環節をもつ循環小数になるのです.

 このように, 個々の有理数をそれだけで見ていると, もうそれ以上追求すべきことなどないように思われます. しかし, 少し見方を変えると, 実はいろいろとおもしろいことがあるのです. ここでは循環節の桁数に注目してみましょう.

3. 循環節の桁数はどうなっている ?

 素数 p (2, 5 以外) を取り, 1/p を小数に直し, その循環節の桁数を D(p) で表しましょう. 例えば 1/7 の循環節 142857 は 6 桁なので D(7)=6, 1/11=0.090909 ... の循環節 09 は 2 桁なので D(11)=2 です. 次の表は 100 以下の 2, 5 以外の素数 23 個に対して, 1/p の循環節, そして D(p) を計算したものです. なお, 分母を素数に限定したのは, そうすることで必ず

1/p = 0.(循環節)(循環節)(循環節) ...

の形になるから (最初の方に循環しない「例外的な」桁がつかない), というのが 1 つの理由です (そのためだけならもう少しいろいろな数を取っても大丈夫, もっと本質的理由はあとで述べます). こんな数表を眺めるのが好きな人は数学に向いているかも知れません.

p 1/p の循環節 D(p)
3 3 1
7 142857 6
11 09 2
13 076923 6
17 0588235294117647 16
19 052631578947368421 18
23 0434782608695652173913 22
29 0344827586206896551724137931 28
31 032258064516129 15
37 027 3
41 02439 5
43 023255813953488372093 21
47 0212765957446808510638297872340425531914893617 46
53 0188679245283 13
59 0169491525423728813559322033898305084745762711864406779661 58
61 016393442622950819672131147540983606557377049180327868852459 60
67 014925373134328358208955223880597 33
71 01408450704225352112676056338028169 35
73 01369863 8
79 0126582278481 13
83 01204819277108433734939759036144578313253 41
89 01123595505617977528089887640449438202247191 44
97 010309278350515463917525773195876288659793814432
989690721649484536082474226804123711340206185567
96

p=97 だけは循環節が長いので 2 段に分けました. このように, 桁数 D(p) の動きは非常に不規則です. 皆さんの中にも, 中学・高校で, 循環節の長さは一体どのようにして決まるのだろう, ということに, 疑問を持った人があるのではないでしょうか. 例えば D(p) は p-1 に等しいか, そうでなくても p-1 の約数にはなっている, ということは, しばらく眺めているとわかります. そしてこのことの証明は知られています. しかしそれ以上のことはあまりよくわかっていなくて, 特に, 素数 p を与えたときに, D(p) の値を, 本当に具体的に p の式で表す方法は知られていないのです. こんな簡単なこと, 何か方法がありそうなものなのに, 不思議ですね.

4. たくさん集めて分類すると ?

 そこで, 個々の p については無理だから, 素数 p をたくさん集めてきて, D(p) の値を何らかの方法で分類してみてはどうでしょうか. 考える分け方はとても簡単で, D(p) の値が偶数のものと奇数のものに分けるのです. すると, 上の表から, 100 まででは

D(p) の値が偶数のもの 13 個 (57%)
D(p) の値が奇数のもの 10 個 (43%)


となります. パーセントの値は, もちろん 100 までの 2, 5 以外の素数 23 個の中での割合です. こうした計算をもっと先までやってみます. 今はコンピュータを使えば可能です.

素数 p の個数 (2, 5 以外) D(p) が偶数となる p の個数 その割合 D(p) が奇数となる p の個数 その割合
102 まで 23 13 0.565217 10 0.434783
103 まで 166 109 0.656627 57 0.343373
104 まで 1227 819 0.667482 408 0.332518
105 まで 9590 6394 0.666736 3196 0.333264
106 まで 78496 52326 0.666607 26170 0.333393
107 まで 664577 443162 0.666833 221415 0.333167


だいたい傾向がつかめてきたでしょうか. 0.666 とか 0.333 とかいう数は何となく見覚えがあります. 2/3 あるいは 1/3 に近いですね. 実は, 考える素数の範囲をいくらでも広げていって (「極限」の考え方) こうした割合を取り続けていくと, D(p) が偶数であるものの割合はちょうど 2/3, 奇数であるものの割合は ちょうど 1/3 である (収束する) ことが証明できるのです. さっき, D(p) の値を具体的に p の式で表す方法は知られていないと書きましたが, このように偶数か奇数かで循環節の長さを分けてやれば, それらの割合は求めることができます. ただし, 証明はかなり難しく, 大学院レベルの数学が必要です. 問題の意味自体は, 簡単に理解できるのに, 証明するのがそんなに難しいというのはおもしろいですね. このような問題を扱う分野は「整数論」と呼ばれますが, このように, 問題の意味は易しいのに証明が非常に難しいというのは, 整数論という分野ではしばしばあることです.

 さて, この結果のおもしろさがどこにあるかを考えてみましょう. これがなぜおもしろい現象かというと, 循環節の長さが真に不規則な動きをするならば, 長さが偶数のものと奇数のものは, ちょうど同じ割合で存在するはずです (つまり, 無作為に素数 p を取り出して, D(p) を計算するとちょうど 1/2 づつの確率で偶数・奇数が現れるはず). しかし偶数のものが奇数のものの2倍あるということは, 一見不規則に見える中に, 循環節の長さを裏でコントロールしている何かがあるということで, そこが数学的に最も興味深い部分と言えるでしょう.

5. もっといろんな分け方を考えよう

 上では D(p) を偶数, 奇数に分けましたが, それは「D(p) を 2 で割った余りが 0 か 1 か」で分類していることと同じです. ということは, 割る数を変えることでもっといろいろな分け方が考えられる, ということです. 次の表は D(p) を 4 で割った余りで分類したものです.

余り 0 の p の割合 余り 1 の p の割合 余り 2 の p の割合 余り 3 の p の割合
103 まで 0.325301 0.174699 0.331325 0.168675
104 まで 0.329258 0.169519 0.338223 0.162999
105 まで 0.334202 0.167675 0.332534 0.165589
106 まで 0.332616 0.167588 0.333992 0.165805
107 まで 0.333346 0.166644 0.333487 0.166522

もう大体想像がつきますね. D(p) を 4 で割った余りが
という風に見えます. ところで, 偶数を 4 で割ると余りは 0 または 2, 奇数を 4 で割ると余りは 1 または 3 ですから, 前節で「D(p) が偶数であるものの割合はちょうど 2/3」と述べたものが, 今度はきれいに 1/3 ずつに,「奇数であるものの割合はちょうど 1/3」が 1/6 ずつに, それぞれ 2 等分されたことになります. これも 1/4 ずつという「均等な分布」でないところがおもしろいところですが, 一方, 偶数, 奇数のときの分布を考えると, なかなかきれいな分布とも言えます.

 この 4 で割ったときの分布ですが,「条件つきで」証明されています. それもつい最近, 2004 年のことです (Murata, L. and Chinen, K. : On a distribution property of the residual order of a (mod p) -- II, J. Number Theory 105-1 (2004), 82-100, 実は私たちの結果です ^_^).

 「条件つきで」の「条件」とは,「一般リーマン予想」と呼ばれる命題で, これが成立すると仮定すれば上の分布は正しい, というのが現在わかっていることです. 「一般リーマン予想」は19世紀後半に予想された問題ですが, とても難しい予想で, 100年以上経った今でも, 解決されていません. おそらく当分は証明されないだろうと考える人が多いと思われます. しかし, 他のいろいろな事実や数値実験などから類推して, 現在多くの数学者がこの予想は正しいであろうと信じています. そこで, この手の問題を考えるときには, これが成り立つということを仮定した上で証明する, というのが一般的になっています.

 それにしても驚くべきことは, 循環節の桁数を分類する, という実に単純な問題を追求していくと, そんな大予想にまで行き当たるということではないでしょうか.

注) 厳密には, 1/6 のところを証明するのに一般リーマン予想が必要で, 1/3 のところは何も仮定しなくても証明可能です.

6. おもしろさをもたらすもの

 一般的にはつまらないと思われている循環小数も, こうして見るとなかなかおもしろいでしょう. 循環小数をおもしろい対象にしているのは恐らく「代数的構造」ではないかと思います. もちろん無理数の背後にもいろいろな代数的構造を見出すことはできますが, 有理数のもつ代数的構造はより直接的であるような気がします. 例えば循環節の桁数 D(p) を専門の数学を使って述べると,「群 (Z/pZ)* における 10 の位数」となり, かなり直接的に群という概念と結びつきます. するといろんな見方ができたり, 高度な道具が使えたりするわけです. 循環節の桁数の分類にも, 群だけではだめで, 環, 体といった代数学全般, さらに複素関数論まで使います.

 最後に, 循環節を考えるに当たって 1/p (p は素数) という形の数だけに限った本当の理由ですが, それはこの場合が最も簡単で扱いやすい, ということになると思います. 小数点以下すぐに循環が始まる既約分数 a/b の条件は,「 b は 2 でも 5 でも割れない」です. さらに分子 a の値は循環節の長さに影響を与えないので, 結局 2 でも 5 でも割れない b に対して 1/b の循環節を考えればよいのですが, これが実際に取り組んでみると意外と難しく, まだまだこれから, という感じがします.

 循環小数のように, 数の世界はその入り口が高校 (or 中学) 数学あたりにも開いています. しかし一旦中に入るととても広くて深くて,「前人未到」の場所もたくさんあります. あなたも探検してみませんか ?

2007.4 公開, 2008.3 改訂

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